君の声は僕の恋 僕の名は君の夜

 




 やっぱりね。
 そう呟いた母の言葉に、今更気がついた。
 自分が呼んだのは香穂子だけだ。それなのに、何故コンクールメンバーがここにいる?




「あら、だってご招待するお客様が一人だけなんて、寂しいじゃない?」

 コンサートの後、せっかくだからお友達と帰っていらっしゃいと財布と携帯だけ持たされて、追い出されるように楽屋を後にした。何となく夕飯を近くのファミレスで食べる羽目になり、家に電話すると「楽しんでいらっしゃい」と先に戻っていた母がにこやかに言った。
 そうして皆と別れて帰宅し、リビングにいた美沙に聞いたのだ。「何故他の人も呼んだのか」と。そうして返ってきた答えに、月森は反論できなかった。

「お年頃のお嬢さんが、招待席で一人ぽつんと座っているなんて、寂しい限りだわ。誰かお友達がいたら心強いでしょう?」

「それは、そうでしょうが・・・」

 よりによって、何故コンクールメンバーなのか。それに「香穂子以外」なのは何故なのか。

「音楽を一緒に楽しむなら、音楽を志している人たちと聴くのが一番よ。それに・・・」

 言いかけて、美沙がにっこりと笑う。・・・こういう笑い方をする時は要注意だ。

「日野・・・香穂子さん、だったかしら?あなたは必ず彼女を呼ぶだろうと思ったの。だから私は彼女を『除いた』のよ」

「・・・!」

 たかが十七年しか生きていない上に、自分の母親だ、月森が考えていることなど既にお見通しだったのだ。





「あなたの音をあっさりと変えたのは誰なんだろうって、最初はそれだけだったの」

 でもね、と優しい口調で美沙が続ける。

「あなたを見ていたら、どうも音だけではなく、あなた自身をも変えてみせたようだから、どんな人なのかお会いしてみたいっていう興味がね。それで学校に聞いてみたの」

 コンクールメンバーに選ばれてから月森の音や性格が変わってきたようだから、これはメンバーの誰かに違いない。メンバーのことを聞いているうちに、香穂子に思い当たったというわけだ。

「まあ賭けだったのだけれど。当たったようね?」

 頬を赤く染めて視線を逸らしたその反応で、自分の息子が何を考えているのかなど言われなくてもわかる。

「あなたの音や、あなた自身をも変えてしまった人よ。この先そんな人は絶対に現れないわ。彼女のこと、大事にするのよ」

 おやすみなさいと言い残してリビングを出て行った。





 自分の音や、月森自身を変えた人。
 そうやって近づこうとしてきた人間も、今までになくはなかった。
 頑なな月森の心を誰も溶かせず、皆去っていったのだ。今まではそれで良かった。でも、今は。

「うしないたく、ない・・・」

 パタンと閉めた自室のドアにもたれながら、髪をかきあげる。自分でも気付かないその癖。感情的な気持ちになると髪をかきあげてしまう。
 ピリリと携帯が鳴る。誰からかかってきても同じだが、いつも香穂子からだとわかるのが不思議だった。

「こんばんは、月森くん。・・・って、さっきまで一緒だったんだから、こんばんはじゃないよね」

 あははと笑う香穂子にできるだけいつも通りに接しようとして。

「・・・どう、したんだ?」

 失敗した。様子がおかしい月森の声音にしゅんとしながら「あのね」と切り出した。

「今日のコンサート、呼んでくれてありがとうって言いたくて。月森くんの挑戦、私、ちゃんと見届けたからね」

「・・・ありがとう、日野」

 お礼を言うのはこっちのほうだよと少し焦ったように返ってくる声。
 どんな君でも、君はいつも君らしい。自分が一大決心した今日という日を、いともあっさりと受け入れてみせる。
 そんなことを言うと「・・・褒められてる?」と少しむくれた声。

「・・・日野」

「なあに、月森くん?」


「今日は、ありがとう。君のおかげで、俺は乗り越えられずにいた壁を直視できるようになった。まだ完全に乗り越えられたわけじゃないが、・・・いつか」

 乗り越えてみせる。自分の為に。
 ・・・香穂子の為に。




「月森くんなら、大丈夫」

 数瞬の沈黙の後、香穂子が穏やかに言った。大人びた声は、今まで鈴の音色のようだったそれとは異なる。静かな、静謐さをたたえた湖のような。

「逃げないでいることが、何よりも月森くんを押し上げてくれるよ、きっとね。だから大丈夫」

 そうやって。
 彼女が自分の背中を押してくれるから。
 月森は香穂子という少女を好ましく想うのだろう。






 電話を切り、レースだけだったカーテン越しから月明かりが差し込んでいる。

「・・・日野」

 この感情を自覚したのは、いつだっただろう。これを「恋」と呼んでいいものなのか、未だにわからない。
 けれど、ひとつだけはっきりしていることは、香穂子とずっと一緒にいたいという気持ち。共に高め合い、隣を歩いていられるような。そんな関係を築いていけたらと願う。
 先ほどの会話を反芻してみる。ころころと変わる声音は、聞いていて心地のいいものだ。少し高い声で「つきもりくん」と呼ばれる嬉しさ。自分がそんなことを考えていることなど、彼女は知りもしないだろうけれど。

「君の声が、・・・全てが」

 俺のヴァイオリンを君へと向かわせる。
 そう言いかけた言葉は、最後まで出てくることはなかった。





 君が与えてくれるなら。
 俺は君の夜となり、君に安らぎを与えよう。
 傷ついていても、不安でも。
 俺は君の傍にいよう。
 そうして、半分にして一緒に背負えばいい。
 君の苦しみを分け合えるのなら、喜んで君の夜になろう。
 そうして、やがて来る夜明けを共に迎えよう。 
 明けない夜はないのだから。















ヒトリゴト。(ブログより

アニメで、ありますよね。美沙さんが「やっぱりね」って小さく呟いて、月森がハッと母を見る場面。
あの「やっぱりね」を元にしたお話をずっと書いてみたくて。
ずっとそう思っていたからネタも慎重に・・・と思いつつ、結局オリジナルで書かなかった私は・・・お題消化バカでしょうか(汗
タイトルが難しくてうんうん唸りながら書きました。お話の内容とどうくっつけるかが難しかったです。