そして誰もいなくなった

 




「お祭りの後みたいだね」

「そうだな」

 誰もいなくなったスタジオは、ガランとしていて、先ほどまで賑やかに即興のアンサンブルで入り乱れ、食べたり飲んだりしていたとは思えないほど静かだった。

「楽しかったね」

「ああ」

「またやりたいね」

「・・・・・・」

 あれ?と覗きこんでみると、月森が何とも言えない、微妙な表情で黙り込んでいた。

「もうやりたくない?」

「・・・できれば、今日だけにしたい」

「なんで?」

「君はずっと出ずっぱりだっただろう。殆ど何も食べていない」

「食べたよー」

「俺が見ていた限りでは、殆どというより何も食べていないようだったが」

「・・・・・・」

 月森の言う通りだ。

 これが終わったら何か食べよう、と思っていても、次も一緒にやろうと言われると断れずにうなずいてしまって、結局ずっとヴァイオリンを弾きっぱなしだった。

 片や月森は、即興アンサンブルに加わることは殆どなく、二次会に来てくれた友人たちや金澤らと話をしていることのほうが多かった。・・・絡まれていたとは言わないが。

「君をそんなに引っ張りまわすのなら、もうやりたくない」

「つまりは・・・私のため?」

 ふい、と顔を逸らす。耳が赤い。

 ふふ、と香穂子が笑うと、月森の耳が更に赤くなった。

「ありがとう、蓮」

「・・・別に」

 その言い方、高校生の時みたいとからかって睨まれても、全然怖くない。

「免疫できてるからね、睨んでも怖くないんだよー」

「・・・ならば」

 すかさず唇を奪われる。さすがに突然すぎて声が出なかった。

 してやったりと笑う月森に「こ、今度は仕返しするんだからねっ!」などと言ってみても、月森には何の効果もない。

「いつでも受けて立とう」

 ヴァイオリンケースを肩から下げながら、月森が笑った。

 

 

「あー、綺麗な月!」

 海風になびく髪を手で押さえながら、香穂子が月を指差した。

「満月・・・には少し丸みが足りないな」

「明日あたりかな」

 そう言って、思い出してしまった。

 明日の月を二人で見ることはできないということに。

「向こうでも月は見える」

「・・・うん」

 仕事のため一度ウィーンへ戻らねばならない。香穂子はビザ取得の関係上、同行できない。

 そしてまた日本に来るのは、一ヵ月後。その時は香穂子も一緒だ。

「着いたら電話する」

「うん」

「君が好きだよ」

「うん」

 しょぼんと頷いた香穂子の頭の数センチ上で、電球が閃くのを見たのは、気のせいではない、と思う。

「い、今、・・・・今・・・ちょっ、え?!」

「きみが、すきだよ」

 香穂子の瞳をしっかりと見つめて、今の精一杯の思いの丈を込めて。

「・・・君が好きだ」

 驚きに目を見開いて盛大にフリーズした香穂子に吹き出すと「もうっ!」と手を弾かれた。

「からかうなんて・・・」

「からかってなどいない」

 わかっている。

 冗談でこんなことを言う人間ではないことを、香穂子はちゃんと知っている。

「君が、好きだよ」

 ずっと。

 真摯な眼差しに吸い込まれそうになる。月森の琥珀色の瞳は、そんな力を秘めている。

「・・・わたしも、」

 気付けば香穂子の口からついて出た。

「私も、好きだよ。・・・蓮」

 遠くで船の汽笛が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

しょっぱなからタイトルを持ってきたらどうなるだろう、という試みは何度かしておりまして、今回もそうです。

設定は結婚後、まさに直後。コンクールメンバーや仲のいい友達、オトナ組などだけで開かれた二次会後、です。こっちは土浦視点ですが、内容はおわかりいただけるかなと思います。

2011.6.24UP