失恋を知った日




 それって世間では「失恋」って言うんだよ、と言われるまで、僕は自分の気持ちや立場や、色々なものをきちんとわかっていなかった。
 いや、理解はしていたんだと思う。けれど理解したくなくて「フリ」をしていたんじゃないだろうか。

「…………」
「ちょっと、志水くん?聞いてる?」
「…………はあ」
「はあ、じゃないわよ全くもう…!」
 天羽先輩が呆れた表情で僕を見つめている。聞いていることは聞いてるんだから返事をしただけなのに。
「とにかく。あんまり香穂子香穂子言ってないで、次見つけなよ。ね?」
「…次…」
 そんなにあっさり切り替えられるものなのか。僕だけがこの気持ちを切り替えられずに抱えているんだろうか。
 僕は。
「香穂子先輩は……」
 誰に聞いてもらおうとも思っていなかった。ただ、呟きたかった。
「香穂子先輩は、どうして月森先輩なんでしょう。どうして僕じゃないんだろう。どうして」
「ちょ、ちょちょちょちょちょお待った!待った志水くん!」
「……はあ……」
「はあじゃないわよ!今言ったでしょ、次見つけなよって。香穂子は月森くんのなの。志水くんが」
「香穂子先輩が月森先輩のものだって、誰が決めたんですか?いつ決めたんですか?香穂子先輩は物じゃありません。香穂子先輩は香穂子先輩のものです。誰のものでもありません」
「……意外と毒舌家よね、この子」
 まあまあ、と加地先輩がなだめているけど、僕は僕の思ったことを言っただけだ。

「確かに、君の言う通りだと、僕も思うよ」
 加地先輩がにっこり笑った。僕はこの先輩が「いい人を演じている」ように見えて仕方がない。だからあんまり話もしたくない。でもそれは言っちゃいけないことだとはいくら僕でもわかっているから黙っている。
「でもね、志水くん。日野さんは、月森の傍にいることを選んだ時点で、彼女の心は月森のものなんだ。そして、彼女の音楽が月森のそれを目指している点においても、日野さんの音楽もまた月森のものとも言えるだろう?だから」
「月森先輩は、香穂子先輩を所有していいということにはなりません」
「所有、とはまたちょっと違うんだけどね…」
 加地先輩がため息交じりに眉根を寄せた。困っていると大きく顔に書いて。

「つまり」
 後ろから声がした。
「お前は日野のことが好きで、月森と付き合ってるのが面白くないわけだろ」
 振り返ると土浦先輩が、加地先輩と同じように困った表情で立っていた。
「面白くなくても、お前がどんなに日野に言い寄っても、あいつは月森が好きなんだ。逆に言い寄ったほうがあいつを困らせちまうだろうが」
 そうかな。
 僕は香穂子先輩に笑っていて欲しいだけなんだ。
 そうしてあの向日葵のような音楽を聞かせて欲しい。
 それだけなのに。
「お前にゃ、ちと難しい問題かもしれないけどな。音楽ばっかりやってたから感情のコントロールがわからないんだろ。でも、これだけは言っておくぜ」
 土浦先輩がじっと僕を見る。何かを探るようにも思えた。僕の感情の奥底を覗き見るような、そんな感覚。

「お前が誰を好きだろうと、そりゃお前の自由だ。だけど、人に同じ想いを返してもらおうとするな。誰かのものになっちまっても、傍にいる方法はいくらでもある。お前はお前なりに、あいつの傍にいられる方法を見つけるんだな」
「僕、なりに…傍にいられる方法……」
 ああ、と土浦先輩が頷いた。何故だか、僕に言っているのではなくて、土浦先輩自身に言い聞かせているような感じがしたのは気のせいだろうか。
 そう思ったのが表情に出ていたのか、土浦先輩が小さく溜め息をついた。
「ま、お互い探り合いだな」
「僕は日野さんの音楽を聴いていられたら、それだけで満足だからね」
 加地先輩がどこか遠くを見つめながら呟いた。きっとそれは嘘だと、僕はわかる。表向きはそう言って周りを安心させるのと、自分自身がそう思い込みたいんだろうと思った。

「志水。お前には豊富な知識があるだろ。あいつにわからないことがあれば『あ、志水くんに聞いてみよう』って思わせるくらいになってみろよ」
 それも香穂子先輩の傍にいられる、一つの方法。

「まあしかし何ていうかさ。香穂子も隅に置けないっていうか、あんたたちも可哀想って言うべきか」
「僕はいつも幸せだよ」
「俺らが可哀想ってなんだよ天羽」
 先輩達が小突きあいながら喋っているのを、僕はただ眺めている。
 僕だけじゃなくて、加地先輩も土浦先輩も、香穂子先輩のことが好きなんだ。
 でも月森先輩と付き合うようになってから、先輩達なりに自分のポジションというものを得たのだろう。
 僕だけが我が儘な子どものように駄々をこねていた、ということなんだろうか。

「僕、決めました」
 それまで笑いあっていた先輩たちが僕を見下ろした。

「僕、諦めません」

 ええええっと一斉に驚かれた。というより、呆れられた。
 今までの話を聞いていなかったのかと散々言われたけど、僕はもう決めたんだ。
 僕は諦めない。
 月森先輩のものになったとしても、僕は香穂子先輩を好きでいることに変わりはない。
 僕は僕のやり方で、香穂子先輩の傍にいるために。

 僕は、ずっと香穂子先輩を好きでいよう。




 今日もいい天気だ。




ヒトリゴト。
 このお題シリーズは、誰かの視点で見る月日、又は自分の想いです。ので、月森以外の攻略キャラ達がかわいそうなことになります(失恋してるわけですから…
 突拍子もない言動で周りを驚かせる志水くんの頭の中はどうなってるんだろうと思いつつ、できるだけ突拍子ないように書いたつもりですが、難しいですね。


2011.10.4UP