あやまちを。

 恐れなければ、僕は。



一度だけでいいから




 





 何をも恐れずに言えるのなら、僕は彼女を自分のものにしてしまいたいという願望がある。…今でも。
 それを言えない自分の臆病さに心底嫌になる時もある。でも彼女を仮に自分の物にしたら、壊れてしまう。
 彼女の想いも、音も、僕も、全て。
 恋人としてではなく友人として隣にいることを選んだはずなのに。
 そうすればずっと、僕は彼女の隣にいられるのに。
 時々、どうしようもなく。
 暴れ出す感情を抑えられない。

「あ、加地くん、おはよう」

「おはよう、香穂さん。今日もすごく可愛いね。前髪切ったの?前の少し伸びた感じもアンニュイで大人の女性って感じがしたけど、今はとっても爽やかな感じで綺麗だよ」

「あは、は…ありがとう、加地くん」

「あんたってどうしてそう歯が浮くようなセリフを言えるわけ?」

 隣にいる天羽さんが呆れた表情で両手を腰に当てた。

「そうかなあ?僕は素直に思った事を言ってるだけなんだけれど。香穂さんのように柔らかな微笑みはまさしく天使の微笑みで、」

「あーはいはいはいはいはいっ!わかった!もういいからその口閉じなさいっ!…あー、鳥肌立った…」

 当の香穂さんは僕と天羽さんに挟まれて苦笑いを浮かべている。
 それぞれ学部が違う僕らは、朝のほんのひと時、同じ時間を過ごす。高校の頃はいつも一緒だったけれど、年を重ねるごとに僕らは少しずつ、お互いの道を歩いて行くのだと思い知らされるようで。実際、それぞれの進みたい道は違っている。僕だけは、未だに見えない。

「二人とも、後でお昼ご飯一緒に食べない?カフェテリアで、新作が出るんだって」

「加地くんそんな情報どこで仕入れてるの?」

「え?カフェテリアのおばさんたちだけど?」

 とてもおいしかった、ごちそうさまでしたって言ってるだけなんだけど。色々情報を教えてくれたり、人気のメニューを取っておいてくれたりするから、厚意に甘えていたりもする。人と接することは好きだから、彼女たちから話を聞けるのも楽しい。

「…加地くんって、おばちゃんキラーだよね」

「私もそう思うわ」

「…僕は香穂さんだけを見てるから、カフェテリアのおばさん達には申し訳ないけど、僕には香穂さんだけだって言っ」

「はいはいはいはい」

 片手をひらひらと振って、天羽さんが別れる。僕ももう行かなくちゃいけない。

「ねえ、香穂さん」

「ん~?なあに、加地くん?」

 何もかも壊してしまいたい。粉々に砕け散った欠片を後生大事に抱きしめて、僕だけを見て、僕しかいらないように。
 でもそれは、犯してはいけない罪。
 そんなことをしてしまったら、彼女の音は一生、これから先ずっと、あの清らかな調べを奏でることはない。
 僕は、月森を想ってヴァイオリンを奏でる香穂さんの音楽が好きなんだ。
 永遠に僕に向けられることのない音楽を。
 振り向かせたい。

「どうしたの?」

「……、髪に、ゴミがついてたよ」

「ええっ?ほんと?やだなー、いつからついてたんだろう!ありがとね、加地くん」

「どういたしまして」

 それじゃまた後で、と手を振って、さりげなく離れた。
 伸ばしかけた手を。
 僕は何をも恐れずに触れてしまえば良かった。触れて、抱きしめて、ずっと離さずにいられたら。
 叶わぬ夢と知っているのに。

(…一度だけでいいから、…僕は)

 さっき伸ばそうとしていた手を見つめる。この手に触れられたら、どんなにかいいだろう。
 一度だけでいい。
 その温もりを感じたい。
 僕だけのものにしたい。

「それができるなら苦労しないんだよ…」

 たった一瞬の衝動で、一生友達でいられなくなるのなら、僕は耐えてみせる。
 彼女を失うことのほうが遥かにつらい。
 それでも時々抑えられなくなりそうな感情を、僕はこれからも持て余してしまうだろう。でも絶対にそれを香穂さんに見せちゃいけないんだ。
 僕が彼女の傍にいる為なら、それくらいの代償は当たり前だ。その代わり、僕が求めていた音楽を聴けるのだから。

 諦められない感情。
 好きでいるだけなら、子どものように幼い恋なら良かったのに。
 本気で好きになった人にはもう想う人がいて。
 その瞳に、恋人として僕を映し出すことは、ない。

「一度だけ、一度だけ、願いが叶うのならば、…か」

 ふと思い出したフレーズを口ずさんでみる。
 言葉に出したら余計に切なくなってしまうからやめた。

「…さて!」

 軽く頭を振って歩き出す。
 今日はとても天気がいいから、お昼ご飯をテイクアウトにしてもらおう。そんなサービスないけれど、おばさんたちに言えばパックしてもらえるだろうからとカフェテリアに足を向けた。





 一度だけでいい、なんて。
 僕はこれからも思ってしまうんだろう。
 でも僕が恐れるものを恐れていられる限りは、僕は大丈夫。
 叶うことのない想いでも、僕はこうして隣にいられるじゃないか。
 恐れを怖がらなくなった、その時は。
 僕は、香穂さんを想っていた事実を粉々に砕いて、風にさらして、ずっと抱きしめていよう。
 永遠に、叶うことのない想いを。
 
 きっと、だった一度だけの、本当の恋を。

















ヒトリゴト。
 お題消化久々ですね。
 彼は物凄くドロドロしててほしいです。加地くん派の方いらしたらすみません(>_<) いや実際セカンドが加地っていう方いらっしゃった気が…ヒー
 彼が口ずさむ歌は「just be friends」です。「一度だけ、一度だけ、願いが叶うのならば、何度でも生まれ変わって、あの日の君に会いにゆくよ」という歌詞の、そこだけを抜粋しています。全体的に加地くんっぽい歌かなあという感じはしています。いつかこの歌を元にしてお話書いてみたいかな。でも既に似たようなお話を加地の場合は書いているので、そろそろネタが尽きたかな(^_^;)
 ほのぼのらぶらぶな地日話も書いてあげたいです。…って同じことを呟いて結局月日←地にした記憶が…ヒー
 
2012.11.26