お前ら、もっと離れろよ

 




 今日も学校での一日を終えることを告げる鐘が鳴る。
 程なくしてざわざわといつものように賑やかな放課後が始まるのを、喧噪とは程遠い理事長室からぼーっと眺めている。

「若いっていいねえ…何が楽しくてあんなに騒げるんだかな」

「その年寄のような発言を聞いているとこちらまで溜め息が出ます、金澤さん」

「は、実際あっちから見れば俺らなんてオジサンだぜ」

「私も含むのはやめてください」

 鼻白んだ視線を向けてみたって、この年若い「未来の理事長」は何とも思わない。忙しそうに書類に目を通し、パソコンでメールを返し、どこかと連絡を取っていたりする。
 あーあ、若さっていいねえ。
 ぽつりと呟いて、ポケットを探る。煙草を口にくわえた所で咳ばらい。

「お、すまん」

 さっきの自分と同じような白い視線だなと受け流して窓の桟に頬杖をついた。煙草を唇に挟んでぷらぷらといじりながら何とはなしに見ていると、一組のカップルが視界に入る。

「おー、相変わらずだなあの二人」

 コンクールが終わってから付き合いだしたのは知っている。背後で忙しそうに仕事をしている男もそれを黙認している。成績を落とすわけでもないならいい、というスタンスのようだった。

「ヴァイオリンロマンスなんて、俺らの時にはあったか?」

「そんなジンクスなど信じていません」

「お前さんはそうだろうよ」

 二十数年ぶりのヴァイオリンロマンスだとかでかなり騒がれ、お互いにそれなりの嫌がらせのようなものは酷かったと報道部の(親切な)自称「日野香穂子の親友」が教えてくれた。
 罪になるようなことでなければ基本的にはタッチしてこなかったし、初々しい二人を見ているとそれはそれで昔の自分を思い出すようで面映ゆくもあり、苦しくもあり。

「切ないねえ…」

 背後からまた白い視線が飛ばされているが、別に大したことではないからまた黙っておく。

「あーあーあーあー、初々しくて見てるこっちが恥ずかしいね」

 銅像の横を通り過ぎていく月森と香穂子を見ながら、金澤がぽりぽりと頭を掻いた。

「もっと離れろよ。見てるだけでケツが痒くな…」

「金澤さん」

 うんざりとした声が後ろから金澤の背を蹴飛ばす。へいへい、と肩を竦めて黙り込むと、小さく嘆息する音が聞えた。

「やっかみはみっともないと思いませんか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前」

「私が知らなかったとでも?残念ながら、あなたとの付き合いが伊達に長くないものでね」

「はっ」

 知っていたのか。
 あの少女に淡い想いを抱いていたことを。
 誰にも気づかれないようにしてきたはずだったのに。

「青くせえ」

「あなたがですよ、金澤さん。いい加減そんなものに逃げていないで、ちゃんと前を見たらどうですか」

 歌えなくなった喉なんかいらない。
 歌えないのなら、とことんまで潰して、壊して、再び夢を見ることのないように。
 欠片も残さぬほどに潰してしまいたい。

「余計なお世話だよ」

 邪魔したな、と金澤が逃げるように出ていく。きっと猫たちにエサをやるのだろう。
 吉羅が盛大な溜め息をついたけれど、金澤には聞こえることなく、ドアに当たって砕け落ちた。


 手を繋いで歩いていた二人の姿もまたなくなっていた。






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