伝えられないこの気持ち




 

「・・・何か?」

 ふと視線を感じて顔を上げると、クラスメイトがニヤニヤ笑いながら自分を見下ろしていた。

「いやあ・・・お前も隅に置けないな、月森」

「は?」

 空いていた前の席に陣取る。

「またまたあ。心当たりあるんだろ?」

「何のことだ?」

「日野のことだよ」

 またか。

 俺と日野が付き合っているだとか、この手の会話にはいい加減うんざりしている。

 練習を一緒にしているのは、お互いの技術を高められるから。

 下校を一緒にしているのは、夜道が危険だから。

 登校を一緒にしているのは、・・・・・・俺の・・・・・・。

 自分が彼女をどう思っているのかなんて、とうに自覚している。

 けれど、彼女に伝える気はない。

 日野も同じ気持ちなのかもしれないと思うことは時々あるけれど。

 確証はひとつもない。

「付き合ってるわけじゃない、ってんだろ?俺が言いたいのは、月森自身のことだよ」

「俺、自身?」

 偶然だけどな、と前置きして、語り始めた。

「エントランスでたまたま日野と友達が何人かいてさ。お前の話をしてたんだよ。それで日野とお前が付き合ってるっていう噂の真相を確かめてたわけ」

「俺には関係ない」

「まあそう言わず。悪いことじゃないんだから耳に入れといたって損はないぜ?でさ、日野は何て答えたと思う?」

「・・・・・・」

 その先を聞きたい気持ち。

 聞きたくない気持ち。

 なぜ、俺はそこで迷うのだろうか。

 迷わずとも、聞きたくないと言えばいい。

 ほら。言うんだ。


 沈黙を先へ続けてもいいと取ったらしく、また話し始めた。

「月森の音に包まれてるみたい、なんだってさ」

 かっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。

 目の前の友人は気付かずに話を続けている。

「優しいヴァイオリンの音色に包まれてる間は、月森は日野のことだけを見ててくれるような気がする、だってよ」

「・・・・・・」

「音は嘘をつかないって言うけど、そうらしいな」

「俺は・・・」

「ま、耳汚しだったかもしれないけどな?・・・なあ月森」

 ニヤニヤと笑っていた顔が一変して、ぐいっと顔が近づいた。

「お前、もっと自分を信じろよ。日野のことを信じてやれよ。お前を変えた女なんだ、後にも先にもあいつだけだぜ、お前のことわかってくれるやつ」

「俺は変わってなど・・・」

「変わったね」

 俺の机の上で頬杖をつく。その距離の近さに思わずのけぞってしまう。

「自覚あるんだろ?いい方向に変わってるんだ、認めろよ。認めちまえば、自然となるようになるもんだぜ」

 同学年とは思えないほど大人びた言葉が出てきたことに、少なからず驚きを覚えた。

「なんてな」

 邪魔して悪かったな、と来たときと同様に突然去って行った。


 俺が日野のことだけを見ている、か。

 自分の気持ちは自覚している。

 けれど彼女に伝える気は、ない。

 日野が好きだと言って、何かが変わってしまうことを恐れている。

 今の状況で充分だと思うのは・・・臆病なのだろうか。

 これ以上望んではいけないような気がするのだ。

 そう、これ以上。


「伝えられないんじゃない」

 伝えない、だ。

 俺は俺の意思で、彼女への想いは伝えない。

(・・・否)

 違う。

 俺の気持ちを伝えないと自分で足枷をはめることで、安心したいんだ。

 今の状況から変わってしまうことへの恐れから。


 日野。

 俺は君が好きだ。

 だけど、今は伝えられない。

 今の俺では、その資格はない。

 この足枷を自分で外せた時。

 きっと君に言えるだろう。


「君が好きだよ」

 

 

 

 

 

 

2010.6.24UP