最近、月森くんと仲いいらしいじゃん、と天羽に言われた言葉を反芻してしまい、練習中だった香穂子のヴァイオリンの音色があからさまにブレた。
キーッと嫌な音を立てて滑った弓を静かに下ろして、ため息をつく。
「知ってるのが天羽ちゃんだけでありますように・・・」
仲良くしようと思わないわけではない。
コンクールに出場しているライバルでもあるが、同じ楽器であるという「仲間意識」が少し強いだけで。
(・・・違う)
そんなのは建前だ。
本当は。
「・・・になってほしいんだ、月森くんに」
口に出せば、それが自分の願いだと認めてしまうから。
自分でも聞きたくない、喉まで出掛かったその言葉を、香穂子はようやく飲み込んだ。
天羽は持ち前の観察眼で、香穂子の想いを見抜いていたのだろうか。
単なる噂だけどと前置きしていたから、気付いていないのかもしれない。
できれば後者であってほしいと願いながら、香穂子は練習室を出た。
今はコンクールに集中することが先決なのに。
なぜ知り合ったばかりの月森の顔が頭から離れないんだろう。
あの、澄んだ音色が耳にこびりついているんだろう。
月森の声が何度もリフレインするんだろう。
(・・・になって欲しいんだよ)
違う。
(違わない)
ちがう。
(あの音色が欲しいんだ。だから)
「ちがう・・・!」
正門前で香穂子は大きく首を振った。
周りにいた生徒が何事かと怪訝そうにしながら通り過ぎていく。
欲しいんじゃない。
近づきたいだけなんだ。
あの透明な、音楽に真っ直ぐに向かうあの音に。
ただ、それだけなのに。
どうして、それだけで終われなかったんだろう。
「わたし・・・」
妖精像を見上げながら、ポツリと呟いた。
「月森くんが好きなんだ。月森くんに、好きになってほしいんだ」
聞きたくなくて、言うまいとしていたたった一つの言葉が、スルリと口から滑り出た。
・・・口に出してしまえば、あとは簡単で。
(そっか)
今なら、天羽が言った言葉に、曖昧に返さないことができるかもしれない。
そうだよ、と。
「・・・なんて。言えたらいいのに」
じゃあねリリ、また明日と呟いて、香穂子は歩き出した。