| 相性 |
「火原先輩!」
昼休み。
いつものようにカツサンドをゲットするべく早足で購買へと急いでいた火原が唐突に背後から呼び止められ、反動でおっとっとと躓きながら振り返った。
「香穂ちゃん!」
「こんにちは、先輩。すみません、急に呼び止めたから・・・」
「ああ、ううん平気平気!俺運動神経いいからさ!」
なーんてね!と頭をがしがしかきながら快活に笑う一つ年上の先輩が「で、どうしたの?」と問うた。
「あの先輩にお願いがあるんですけど・・・」
「ホントに俺でいいの?」
「はい。っていうか、先輩にしか頼める人いなくって・・・」
そう言われたら一にも二にもなく「うん」と言うしかないではないか。
更には、友達以上の感情を持つ彼女とあらば、なおさらのこと。
「じゃあ、いくよ?」
「はいっ」
香穂子が元気よく頷いた。
時間は少し遡る。
「合奏?」
「はい」
見下ろした先でこっくり頷いた香穂子に「それはいいけど」と頭をポリポリ掻く。
「あ、もちろんカツサンドゲットしてからでいいですから!何ならお昼も一緒に食べませんか?」
「え、だって月森くんは?」
思わず聞いてしまってから「もしかしたら聞いちゃまずかったかも」と慌てて手をぶんぶん振る。
「月森くんは、ご飯は一緒に食べられないんですけど、後で屋上で待ち合わせしてるんです」
「あ、そうなの・・・」
ケンカしちゃって愚痴を聞いてくれとか、当て擦りで誰かと仲良くしてやろうとか、そういう魂胆があるわけではなかったことに安堵する。
「じゃあ待っててくれる?急いでカツサンド買ってくるからね!」
屋上までの間にとうとう我慢できずに数あるパンの中からサンドイッチを頬張りながら(勿論すれ違う友人たちには行儀が悪いと突っ込まれた)、「で、何やるの?」と尋ねるとあっさりと答えが返ってきた。
「こないだ先輩がコンクールでやってた、木星です」
「ああ、あれ?いいよ!ヴァイオリンと一緒にやるのも音が綺麗なんだよねー。おれは好きだな」
過去にヴァイオリンと合わせたことがあるらしい火原が一節を口ずさむ。
「でもなんでまた、今頃?」
コンクールを終えて随分経つ。加えるならば、間もなく夏休みだ。
「たまたま授業でジュピターを聴いたんですけど、これトランペットと一緒にやったらどうなるのかなって思って・・・」
あーなるほどね。
火原が口をもぐもぐしたまま頷く。
「おれはどの楽器でもいけると思うよ。柚木はフルートは向かないなんて言ってたけど」
フルートでやるには「木星」は低音すぎる、と言うのが柚木の意見だが、火原はそんなことない、と言う。
「でもまあ強制するもんじゃないしね」
にかっと笑って、手についたマヨネーズをぺろりと舐めた。
時間を戻そう。
物凄い勢いで昼食を平らげた火原が「あーおいしかった!」と言いながらごちそうさまと手を合わせても、香穂子はまだもぐもぐと口を動かしていた。
「香穂ちゃん・・・昼休み、終わっちゃうよ?」
「先輩が早いんですー!私だってこれでも一生懸命早く食べてるんですから!」
火原からすると全くそうは見えないのだが、香穂子がそう言うならそうなのだろう。
一方、香穂子も香穂子で「私よりたくさん食べてるのにあっという間に食べちゃって・・・」などとぶつぶつ言っているのは横に置いておこう。
「ごちそうさまでしたっ!」
「まだ残ってるよ?おれはいいから全部食べなくちゃ」
「いえ、いいんです」
香穂子が実は後で食べるのだと舌をぺろっと出した。
「じゃあいくよ?」
「はいっ!」
頷いた直後、二人とも「演奏者」の顔になる。その瞬間のギャップがいいとかなんとか言う火原のファンもいるんだとか。
一呼吸置いて、同時に音が滑り出す。
遥かなる惑星。
遠くで回り続ける木星に思いを馳せて。
火原のトランペットはいつも快活なイメージしかないのだが、こういった曲調になると優しい音を出す。
本人は苦手なんだと苦笑いしていたが、親友である柚木に言わせると「火原の性格が出ている」らしい。確かに香穂子もそう思う。
その証拠に、ジュピターを演奏したセレクションでは好成績を残していた。偶然だよ、などとこの目の前の先輩は言っていたが。
最後の一音が空へと消えた。
それを確認してから火原は口を離し、香穂子は弓を下ろした。
「あー、楽しかったね、香穂ちゃん!」
「はい!」
すっごく楽しかった!と二人で笑う。二人とも似ているところが多いせいか、特に練習しなくても合わせやすい。
「俺、次移動教室だから行くね!また誘ってね!」
じゃあね!と慌しく駆け出した火原の背中に「ありがとうございましたー!」とようやく叫んで、香穂子もヴァイオリンをケースにしまう。
「いい音楽だったな」
いつの間にいたのか、月森が立っていた。
「月森くん!」
テストがある日は大概昼休みまでかかるから、今日はあらかじめ一緒に食べられないと言っていた。けれど、まさか火原と合奏しているとは。
けれど、少し聴いただけでも、とてもいい音楽だった。久々に耳が満足した、と言おうか。
「君と火原先輩は似ている所があるから、やりやすいだろう」
「あー、よく言われるんだよね、それ。私はあんまりわからないんだけど・・・」
まあそんなものだろうなと月森は内心苦笑いして、香穂子に向かって足を踏み出した。
「でも楽しかったよ。違う楽器と演奏するの」
「そうか」
それは香穂子にとってとてもいいことだ。異なる楽器と演奏することの難しさをまだ知らないからだろうが、そんなことは徐々に知っていけばいい。
今はただ、少しでもたくさんの種類の音に触れ、体験することが大事だ。
「今度は土浦くんともやってみようかな。あ、志水くんとだったら・・・」
「ピアノだったら俺がやる」
即座に返した月森に「え?」と聞き返し、表情が憮然としていることに気付くと「なるほどねえ」と笑う。
「・・・何か」
「ヤキモチだー」
からかうような声音。途端に表情を固まらせた月森に「やっぱりね!」と笑う。
「大丈夫だよ、月森くん。心配しないでね」
何たって二人の相性バツグンだからね!
にこっと笑った香穂子の企みを知るはずのない月森だった。
ヒトリゴト。
そんでもって「デュオ」へと続きます。
ジュピター(コンクール仕様)を聴いてて、これヴァイオリンとやったらどうなるのかなという私の疑問というか妄想(笑)から。
音楽的なことは一切書いてないっていうね!・・・さらりと読み流して下さい・・・
2011.5.5UP