眠れない夜に




 暑いわけでもないのに、眠れずに何度も寝返りを打つ。
 頭の中をずっとひとつの思いがぐるぐると回っていて、俺に眠ることを許さない。
 ・・・ひとつ、なのか?
 今までに知っている感情の名前を並べてみても、どれも違う。
 しかし一人の少女の顔を思い浮かべると、それは一気に霧散する。

「日野・・・香穂子」

 なんとなく口に出してみる。
 外に向かって吐き出せば、この気持ちも消えてなくなるかと思ったのに。

「逆効果だったな・・・」

 そう。
 言葉に出してしまったことで、逆にそれは鮮明な形を現してきた。
 しかし未だに俺はこの感情の名前がわからない。
 なぜ彼女を思い浮かべると霧が晴れるのか。
 同時に不安になり、焦燥感が募るのか。
 そして、こんなにも心が満たされたように暖かくなるのか。
 ・・・なぜなんだろう。

 楽しそうに、嬉しそうにヴァイオリンに対峙する姿。
 それは俺にはない、彼女だけが持っているもの。
 拙くても心惹かれる・・・キラキラと輝くあの音が。

 欲しい。

「・・・・・・!」

 唐突に気付いてしまった。
 これは、もしかして・・・


 だめだ。


 気付いてはだめだ。
 この感情に名前をつけてはならない。
 知ってしまったら、戻れなくなる。

『おれは』

 言うな・・・

『ひの が』

 言ってはだめだ・・・!

「好きなんだ・・・」

 ああ。
 そうなのか。
 この感情の名前を、唐突に知ってしまった。

 これが・・・
「恋」なのだと。

 この想いは、きっと一方通行だ。
 報われることのない感情。
 最初の出会いが最悪としか言えない状況の中で、誰が快く思ってくれるというのか。
 それに。
 同じ普通科から出場した土浦と仲がいいようだ。
 俺には、コンクールで同じヴァイオリン奏者として出場した後、成り行きでヴァイオリンを教えているというだけで、他に何があるわけでもない。
 敢えて冷たく接してきた自覚はあるから、きっと彼女は「むしろ関わりたくない」と思っているだろう。
 どうせなら。
「知りたくもなかったな・・・」
 こんな想いなんて。
 両腕で顔を覆い、深くため息をつく。

 眠れない夜。
 目を閉じているのに、この気持ちは俺に眠ることを許してさえくれない。

「日野・・・香穂子」

 先ほどとは違う響きを持つそれは、ひどく優しくて・・・甘い。

「好きだ・・・」

 眠れない。
 ・・・それならば。
 眠りに落ちるまで、君を想う。
 きっとそれは先ほどとは違うもので。
 甘い痛みを伴う闇の世界は、こんなにも。
 間単に・・・訪れる。












ヒトリゴト。

箒星様の企画「カミサマの言うとおり!」に出させて頂いたものです。
終了に伴い、こちらへお引越し。に伴って少し加筆修正しました。
君と俺とやさしい音 へ続きます。