近づくな黙れ触るな、好きじゃない!

 




 もうすぐ最終セレクション。

 今まで戦ってきたライバルたちとも、次で最後だ。

  順位を争うものではないコンクールということと、香穂子自身順位にはこだわっていないせいで、周りからは「もっと練習に身を入れろ」だの「質の落ち た音楽で出るつもりか?」と言われている。どこ吹く風で受け流せられればいいのだが、性格上それができない。何度も衝突しては、通りかかった友達やコン クールメンバーに「救出」されるのが常だった。

 今もこうして月森に発見されて助け出され、何故かそのまま屋上へと連行されている。掴まれた手の冷たさが月森らしいなと呑気に思う。

「あの、月森くん」

「何だろうか」

「なんで、私も」

「やあやあお二人さん!おそろいで」

 二人の雰囲気に似合わない声が降ってきた。

「・・・・・・」

「天羽ちゃん」

 月森は苦虫を噛み潰したかのような表情になり、香穂子は呑気に「誰かに取材?」などと問いかけている。

「二人を探してたんだよー。今度のセレクションに向けての意気込みを伺おうかなと!」

「えー?」

「断る」

「それに、ほら」

 天羽が指差した先には、繋がれた手。

 思わずお互いに振り払う。

「ヴァイオリン・ロマンスの噂もあることですし?その辺の真相も是非お伺い・・・」

「断る」

「あ、あの、天羽ちゃん!これはね」

「日野、行くぞ」

 今度は手を取らずに歩き出そうとする月森を追いかけて階段を再び昇り始めた時だった。

「実際、どうなのよ?」

 真面目な天羽の声がまた降ってきた。

 二人とも今度は何も言い返さない。正確には「言い返せない」のだが。

「最近二人の仲が良いって噂になってるし。ヴァイオリン・ロマンスなんていうジンクスもあるし。友人としては密かに応援してるんだけどね」

 なんたって歩くネタ!などとからからと笑う天羽に大きなため息をつく。

「・・・俺は」

 お互いに気付いているけれど、今はまだ言えない。言ってはいけない。

 そんな危うい均衡の中で保たれる二人の関係。

 今はそれで充分だ。今の状態を誰にも壊されたくない。

 それならば、いっそ。

「俺は何とも思ってない」

 自分の手で壊してしまったほうがいい。

 誰かに壊されるならば。

 

「・・・それが本心だと思っててあげるよ」

 俯いた香穂子に、月森の本心は違うところにあるとわからせるために、そんな言い方をしてみる。

「最初の頃は、近づくだけでイヤそうな顔してたけど、今じゃ手を繋いで校内歩いてるんだから、人間わかんないもんだねえ」

「・・・・・・」

 睨みつけると「おー怖い怖い」と肩を竦めた。

「私は退散するよ。じゃっ!」

 鼻歌を歌いながら階段を降りて来、すれ違いざまに香穂子の肩をポンと叩いた。

 

「行こう」

「・・・うん」

 天羽が去って行った後、月森が手を差し伸べた。香穂子は自分の手を重ね置きながら頷く。

 

(信じて、いいのかな)

 

(自惚れても、いいのかな)

 

 そんな思いをグルグル回転させながら、香穂子はぼんやりと月森の冷たい手を見下ろした。

 

 

 

 

 「振りほどけない手」に続きます。

2010.9.26UP