声を聴かせて




 

 時々、月森くんから電話がかかってくる。

 忙しい時間の合間を縫っての電話だから、話せるのはほんの10分程度。

 それでも私にとっては幸せな時間のひとつ。

 

「香穂子」

 電話に出ると、少し遠い声。でもいつもの月森くんの声だ。

「そちらは今おはよう、だな」

「うん。ウィーンはもうすぐおやすみなさい、だね」

 電話がかかってくるのは、大体この時間。私は月森くんの声が聞けた嬉しさで一日を幸せに過ごせる。月森くんは、私との会話を思い出しながらだとよく眠れるのだと言っていた。

 

「今度はいつ帰ってくるの?」

 何かをパラリと捲る音が聞こえた。スケジュール帳を見ているのかな。

「そうだな。・・・再来月・・・あたりだろうか」

「学校はお休みなの?」

「ああ。サマーヴァカンスでかなり長いこと休みになる。ずっとそちらにいられたらいいんだが、CD収録を集中してやることになっているから、ヴァカンスの終わり頃に・・・一週間ほど、だろうな」

 そっか、と返事をすると、何となく無言になってしまった。

 せっかく月森くんの声を聴けるんだから、少しでも長く話していたいのに。

「香穂子」

「月森くん」

 同時に言ってしまって、同時に吹き出した。

「君からどうぞ」

「うん、あの・・・大したことじゃないんだけど。もっと、声を聞いていたいな、って」

「声を?」

 驚いたような声が返ってきた。

「月森くんの声を、聞いていたいの。またしばらく声を聞けないから。心の補給」

 はは、と月森くんが珍しく笑った。

「心の補給、か。俺も同じことを考えていた。君の声を聞いていたいと」

「ホントに?」

 ああ、と穏やかな声。

 この声が私は好きだ。

 出会った頃は冷たくあしらわれて、冷たい・・・取り付く島もないような、誰も寄せ付けない雰囲気の人だった。

 けれど、付き合うようになってから、本当の月森くんの声は、優しくて穏やかなものだと知った。

 そしてその声を発する月森くんも、本当は穏やかで、少し寂しがりやで。

「香穂子?」

 くすっと笑った私に問いかける。

「ううん、ごめんごめん。何でもないよ」

 そろそろ時間だ。

 大学へ行く時間が迫っている。

「・・・時間だな」

「うん・・・」

 電話を切りたくないと、いつも思う。

 その度に「また電話するから」と優しく宥められる。

 いつもいつも繰り返されるやり取り。

「香穂子」

「・・・うん」

「良い一日を」

「・・・うん!」

 月森くんも良い夢を、といつものやり取りをして、電話を切った。

 

「香穂子ー!遅刻するわよ!」

 いいタイミングで階下からお母さんが呼んでいる。

 今行くと返事をして、慌しく準備を始めた。

 

 月森くんの声は、私を優しい気持ちにしてくれる。

 あなたが好きだと再確認させてくれる。

 だから。

 

「聞かせてね。月森くんの声を。もっと、いっぱい」

 

 携帯の受話器に向かって呟いてみる。

 今度はいつかかってくるかなと楽しみにしながら、クローゼットを勢いよく開けた。

 

 「君にこの声が届きますように」に続きます。

2010.7.11UP